娯楽

  • 2018.10.17

藤井聡太七段 また新記録 最年少新人王を更新の伝説

藤井聡太七段がとうとう新人王を取りました。十八世名人の資格を持つ森内俊之九段(48)が持つ17歳0カ月の新人王戦の最年少優勝記録を31年ぶりに更新 将棋界の記録をまたしても塗り替えました。森内俊之九段の17歳0カ月新人王最年少記録を31年ぶりに更新したのです。 強敵の井口若武三段と駒を交えて勝利しました。 井口若武三段は強敵で、攻めがとても強く深く藤井聡太七段の陣に入り込み一時期は、藤井聡太七段が追い込まれ、飛車も取られそうになっていましたが、そこを逆に藤井聡太七段が出口若武三段の馬成を自陣で封じ込めて、いつの間にか藤井聡太七段が攻め込みました。 自分の駒は損をしていたのに、その足の速さでじわじわと追い込み、駒損も解消して勝ち切りました。 出口若武三段は、くしくも負けてしまいましたが、とても人格が素晴らしく勝利した藤井聡太七段よりも明るく爽やかに笑顔みせながら感想戦を説明されていました。   感想戦では、4・3歩というとんでもない藤井聡太七段の一手が驚きで、解説者も驚かれていました。天才は歩でさえも勝負の一手にしてしまうのですね。   天才同士の戦いはとても面白く3番勝負で2回の対局をされましたが、どちらも出口若武三段の鋭い攻めを藤井聡太七段が天才ならではの躱しで、ギリギリの戦いでした。   今回は、藤井聡太七段は、風邪をひかれていたようで、何度も場を立ってしまっていましたが、それでも将棋の冴えをキープできるのはすごいです。   早く治ってほしいですね。

  • 2018.10.15

オセロは誰が作ったのか

天才小学生の福地啓介くんが世界一になったことで注目を集めているオセロですが、オセロは誰が作ったのでしょうか。 白と黒の駒だけでゲームが成立してしまうボードゲームは、1945年に長谷川五郎さんが発案して、作られました。はじめは、囲碁の碁石を使用して、並べていたらしいですが、それを片面は黒、片面は白にしたアイディアでゲームを楽にできるようにしたのですね。 オセロが販売開始されたのは、1973年でした。その駒の大きさは、直径3.5cmの石で、これは当初、石のかわりに使っていた牛乳瓶のフタと同じ大きさだと言います。 白組と黒組が戦うものは、イギリスの戦争のイメージで、緑色の平原で、両者が戦うというものなのですね。 第一回オセロ世界選手権は、東京で開催されたということです。 オセロのDX版があり、純金製のオセロらしく5万4000円の値段もあり、お金もちならこれを買いましょう。 一般的には、3564円のもので、オセロ会員は、2495円の会員料金で参加できるらしいです。   オセロを作った長谷川五郎さんは、高校時代に友達と休み時間でも楽しめるために遊びで考えたゲームだったといいます。友達と遊ぶために楽しんで考えたものが、世界大会にもなっているということですね。 長谷川五郎さんは、オセロをシェイクスピアの「オセロ」からイメージしていき、このようなボードゲームを作ったのですね。その他にも、さまざまなボードゲームを考えて、作っていたといいます。   オセロ名誉10段であり、2年前に83歳で死去されています。    

  • 2018.10.15

オセロ世界選手権とはどのような大会なのか

11歳で世界一になってしまった福地啓介くんですが、福地啓介くんが出たオセロ世界選手権とはどのような大会なのでしょう。 オセロは、日本人が作ったボードゲームです。白と黒だけで、競う合うゲームです。 ですが、単純ですが、駒が増えれば増えるほど複雑になっていきます。 そのオセロには、世界選手権があり、8歳から68歳までの82人が、今回は出場した第42回オセロ世界選手権なのです。 各国のオセロのトップたちが、あつまりオセロのオリンピックのような大会を戦い抜きます。 各国の天才オセロプレイヤーが、全員が13試合を行い上位4人だけが、決勝トーナメントに出場できるというシステムになっているのです。 優勝賞金は、5000ドルで、日本円では52万円が出されるのです。 小学生の福地啓介くんにとっては、大金ですね。 8月から12月までの間に、大会は行われ、優勝者には、トロフィが贈られます。   24か国もの世界中の国の世界一になってしまった小学生の福地啓介くんですが、かなりの熱戦で、最後の最後まで分からない決勝戦だったといいます。最後の5手まで、福地啓介くんは負けていたのですが、その手数だけで大逆転をみせて、優勝してしまいました。  

  • 2018.10.15

オセロ世界一の天才福地啓介くんは、どのように育ったのか

第42回オセロ世界選手権で、11歳の小学生の福地啓介くんが、優勝して、世界一になってしまいました。 この驚異的な出来事に世界も驚いています。 世界一になった福地啓介くんは、どのようにして、こんなにも強くなったのでしょうか。 福地啓介くんのお母さん福地陽子さんは、啓介くんに幼稚園の年長さんの時に、頭を使うようなゲームがないかと思いオセロをあげたといいます。そのオセロに福地啓介くんは興味を示し、本などをみて、オセロの棋譜を覚えて強くなったといいます。 対戦相手は、パソコンのオセロソフトで、何度も強いパソコンソフトと対戦して、あらゆる棋譜を自分でも編み出して記憶していったということです。驚異的な数学的頭脳です。 この福地啓介くんと一般人が戦えば、すべて福地啓介くんの色にさせてしまえるほど強いといいます。 オセロをしたことがある人は、そのシンプルさから考えて、すべて色を変えてしまうほどの強さなど出来るのか?と思えてしまいますが、それができるほど強いというわけです。 日本でも大会にでている選手からしても、信じられないぐらい強いと言われているほどらしいです。   福地啓介くんから出た言葉は「楽しんでゲームをすることです」とハッキリとした口調で強さの秘訣を語っていました。見た目はどこからみても小学生ですが、まるで大人がこどもの中に入っているかのような発言力からも、福地啓介くん頭の良さがみえますね。 好きだったから自分の意欲で成長していったということですね。

  • 2018.10.15

第42回オセロ世界選手権 優勝 世界一になった小学生 福地啓介くん

11歳の福地啓介くん11歳が何と、オセロ世界選手権で優勝し、世界一を取ってしまいました。 オセロといえば、日本人が作ったボードゲームということで、世界中に売れたゲームですが、世界中でもこのオセロは未だに人気があり、将棋や囲碁のように大会があるのです。オセロは、単純なようですが、駒が増えれば増えるほど複雑になっていき、将棋のように棋譜もあるといいます。パターンを学んで的確に先を読んで打たなければ、大会では勝てないのですね。 福地啓介くんは、神奈川県在住の小学生5年生で、小さい頃、お母さんが何か頭を使うようなゲームはないかと思ってオセロをあげたらしいですが、独学で本を読んで棋譜などを覚えて強くなっていってしまったといいます。 将棋とはちがってオセロの棋譜は知られていないですから、ほとんど独学でパターンを導き出し、覚えているのでしょう。 ものすごい記憶力ですね。 第42回オセロ世界選手権の決勝では、タイの選手との戦いで、後半最後の5手まで、大きく相手に負けていたのですが、たった5手しかないその瞬間で、大逆転の1手を出してしまったのです。形勢は、大きくリードして、最後は勝利してしまったという劇的なものだったといいます。 将棋もそうですが、最後の最後まで何が起こるのか分からないものなのですね。

  • 2018.10.08

栃木県矢板市 「幻の滝」 こんなところに滝があった!

栃木県矢板市にある滝に、1日300人もの人たちが、足を運びはじめているといいます。 矢板市のホームページに綺麗な滝があるということを載せてから、多くの人たちが、その滝の存在を知って、そこに通うようになったといいます。毎日ではありませんが、その滝にいくと、条件がそろうと、とても綺麗なブルーの色になり、光り輝くその滝の情景から「幻の滝」と呼ばれ始めているといいます。 簡単にいける場所だと思って地元の人なども軽装で来てしまうようですが、以外と足場は悪くもし、これから行く方は、きちんとした靴を履いて幻の滝に向かうことをお勧めします。サンダル靴できたり、女性はかかとの入った靴などで来てしまう方もいるようですが、とても危険なので、靴でいくようにしましょう。 もともと、あまり人に知られていなかった滝なので、足場が悪く、雨の日のあとは、ぬかるんでいることもあるといいます。岩などの上を歩くこともあり、滑ってしまうと怪我もしてしまい兼ねません。それでも人が絶えないということは、それだけ綺麗だということです。 普通の滝と比べると小さめですが、その情景は、たしかに雰囲気がある滝で、日本らしいその滝は、太陽のひかりの反射で、奇跡の滝にさまがわりしてしまうわけですね。   人が入ってこなかったこの場所は、熊の生息地だということで、熊対策もしたほうがいいでしょう。もちろん、山に食べ物などを捨ててしまったりするとそれを熊が食べにくるようになっては、危険です。ゴミも持ち帰りましょう。   日本の山の中には、まだまだこのような滝や自然界の素晴らしいところが隠されているのでしょうね。

  • 2018.07.20

藤井聡太七段対森下卓九段 順位戦

森下卓九段が先番ではじまりました。順位戦はお互いに6時間の持ち時間があり、12時間の長期戦となる可能性もあります。順位戦は、その年その年の成績によって上に登っていくものなので、最短でも5年かけなければ頂点への挑戦権は与えられません。 お互い順位戦にしては、早いペースで盤が進み、次々と手を回していきました。 様子をみながら、まだ当たらないと思っていたのですが、早くも森下九段が右側から飛車で歩を取りに行き、攻撃してきました。 これからさらに激しいやりとりがはじまるかと思いきや、急にスローペースになり、夜19時までのような状況が続きます。 はじめは、かなり早いペースだったのに、ここまで時間を費やするのは珍しいというほど、時間を使います。 なぜ藤井七段が、攻撃をしかけないのか、解らないのですが、かなり森下九段の陣形が危ういようにみえて、練られたものに見えるのかもしれません。プロの考えることはよく分かりません。 左下から香車からの攻撃をみせながら、藤井七段は攻めようとするのですが、森下九段の角の効きがよく、7-9の角が9-7の歩を取り、6-6の銀が圭を取り、6-4の歩で銀を取ると、角同士が、ぶつかっていて、取られるなど、少しの動きで逆転してしまう内容で、どちらが勝つのか分かりません。 森下九段は解説者のいうとおり、角を利用した攻めで崩しに行くのですが、藤井七段は、予想に反して後ろに下がり、6-3に金を持ってくるという以外な手を出してきます。 時間も残り30分というところで、激しく動き始めます。2-7に香車を置いて、2筋から攻撃を森下卓九段が打つのですが、藤井七段は、受けずに、角をあげていきます。 その間に、2筋を飛車も含めて、迫られますが、森下九段は圭と歩だけで、手番が藤井七段になり、銀2圭1香車1を持っている藤井七段です。残り時間は、藤井七段は6分です。 そして、森下九段は、4-9に残りの圭をおいて、角を狙いに行きます。残り時間がないのに、詰めにいけれるのか計算していかなければいけません。 藤井七段は、角で1-9の香車を取って、1-3の守りに使います。2-3の金で横の銀を取りますが、王で取られ、これ以上攻撃の意図口がみいだせません。 ここで藤井七段は時間がきて、1分将棋です。 そして、藤井七段は、4-6に香車を置いて、銀を狙いに行きますが、それを右下に避けて、圭を取らせ、その香成りを無視して、2-3に歩を打っていきました。 堅い藤井七段の守りを防御を無視して、崩していくしかありません。 そして、104手で、森下九段が投了をされました。   7-5歩が、飛車が効いていて、角の攻撃が通せなかったのが、厳しかったということです。

  • 2018.06.05

竜王戦 5組 決勝 藤井聡太七段vs石田直裕五段 対局勝敗

タイトル戦の1つ竜王戦は、ランキング方式です。 読売新聞社が主催のタイトルで、竜王戦の頂点に立っているのは、羽生善治竜王です。 竜王戦の挑戦者になるためには、各組のトーナメントを勝ち進んでいき、本戦の頂点に立たなくてはいけません。 成績のいい棋士、実績に従って1組~6組に分かれて行われ、それぞれの組の優勝者と準優勝者には、賞金が与えられます。 今回の藤井聡太七段と石田直裕五段の対局は、5組で32人でのトーナメントが組み広げられていき、その決勝戦です。 竜王戦で藤井聡太七段が始めた頃は、四段だったのですね。 そこから3段も上に、急激に登っていった恐るべき戦歴です。 29連勝した記録は、みなさんの記憶にも新しいことでしょう。さすがは、連勝を続けただけあってトーナメント5組でも、決勝にまであがっていきました。 そして、決勝の相手は、石田直裕五段です。 対局解説などでも解りやすく優しく対応される棋士で、人気の高いのが石田直裕五段です。 ちなみにわたしは、石田五段を応援しています。 今回の対局の内容は、どのようなものになるでしょうか。   対局内容 先手は、石田直裕五段で、後手は、藤井聡太七段です。 石田直裕五段は、攻めにも、受けにもまわれるように、じわじわと陣形を上にあげていきますが、藤井聡太七段は、歩を左側から早くも攻め上りはじめます。 それに受けて、石田直裕五段が左を厚くして、盛り上げていきます。 ここまでは前日、6月4日(月)の王位戦挑決 羽生善治竜王VS豊島将之八段の内容とまったく同じ場面になり、石田直裕五段や藤井聡太七段も、観て研究してきたものをぶつけあっているといった内容になりました。 石田直裕五段は、この陣形は深いところまで研究してきているということで、右側を攻め上り、逆に藤井聡太七段は、銀を引いて受けにまわりました。鏡合わせのような陣形では押し込んだ方に分があると解説者もいわれていますが、柔軟に受けに徹して、攻めに転じて、勝った例も少ないですがあるといわれていました。 お昼休憩 ここで、お昼休憩にはいりました。石田五段からになります。 それぞれの昼食内容は 一口ヘレカツ サービスランチなのに、石田直裕五段には、カツが出たので、今回は勝つのでしょうか。 値段も勝っています。 藤井聡太七段は、ボリュームのある冷やしうどんです。 藤井聡太七段にもR-1がつけられています。朝日杯のスポンサーであるR-1からの提供ではないのだろうかと解説者の山口恵梨子女流二段が話されていました。ちなみに、山口恵梨子女流二段ってかわいいですよね。賢いトークや空気を読む天才です。こんな弟子をもてる堀口弘治七段はうらやましいですね。声とかもかわいいです。将棋は「攻める大和撫子」という異名を持っているというのですから、これも驚きです。結婚はしていないということです。やっぱり女流棋士は、棋士と結婚したいと願うのでしょうか。棋士って良い意味で空気読めないタイプが多いですが、山口恵梨子女流二段は、他の業界でもやっていけるほど多才です。わざと解らないふりをする賢さがいいですね。 頭賢くて、美人って反則ですね。チートです。チート。ケーキが好きらしいです。女子高生の頃、授業中に突然「てんぷら油が食べたいな」と思ったらしいです。10kg太っていたといいますが、10kg増でも48kgなら太ってないですね。負の人生経験があるからこそ、思いやりの心があり、人格が高いのでしょう。料理も研究して、ゲームも楽しむということです。     お昼休憩後の対局 石田五段は、早目に対局場に来て、次の一手を考えられて、研究の末の2-5からの圭を成金を指されました。 解説者も驚きの圭上がりだという指しからはじまりました。普通なら2-5圭を相手の歩に取らせて、自分の2-6の歩を上にあげていくところをただで圭をあげるような驚きの1-3への圭への上りをみて、解説者も石田直裕五段の手を褒めていました。 そこから藤井聡太七段は、2-1の圭で成金を取りに行きました。そして、石田直裕五段は、1-4の打ち歩で相手の圭をとりにいきます。藤井聡太七段は、圭をあげることは、できないので、石田直裕五段のただであげたような圭が、ここで藤井聡太七段の圭を取ることで、封殺されました。 その後、藤井聡太七段の6-5の歩の上りも、解説者は驚きます。ここで、1時間20分程度の石田直裕五段の兆候になり、6-5に、6-6の歩を上げました。6-4に藤井聡太七段の圭を指されると、5-5の角を移動させられ、左下への圭の効きも嫌だということで、歩をあげたということです。ですが、府をあげたことで、6-3の銀が攻めあがって来るのではないかということです。 このあと藤井聡太七段が3-3に歩を打ちます。歩を1つ置くことで、藤井聡太七段の布陣が強固になり、銀を打たれた歩に取られたくないと思えば、銀は下がるなどになりますが、下がると藤井聡太七段の布陣に攻め込む意を失います。そこで、石田直裕五段がすこし長考。 そして、石田直裕五段の4-3への踏み込み成り銀の一手を打ち込みました。銀を引かずに強きの一手です。藤井聡太七段が守りを固めてきたところに銀を攻め、その成り銀を3-2の金を動かし、成り銀を取ります。   夕食休憩 ここで夕食休憩です。 3時間24分 3時間21分 対局終盤戦 終盤戦、7-6への歩を藤井聡太七段が、進めました。そして、それを石田直裕五段の銀が歩と場を取り直します。その後に、「筋」といった一着を藤井聡太七段が、指します。 それが、4-7への歩打ちです。 この歩は、8-4の金と2-9の飛車の絶妙な守りを崩していく手で、金は左に避けても、空いている6-6の場所に圭を打たれると、金金の両取りになってしまいます。右の3-8に金が避けても、6-6に撃つかもしれない圭が、5-8に飛んで成金になられると厳しくなります。 歩の一手で、相手の守りと自陣の攻撃をにらんだ「筋手」になっているのですね。 ですが、石田直裕五段も、もちろん負けてはいません。2-2の銀を1-3の成金で、取ってしまった後、5-6の角が、2-3へと斜めに飛べば、馬になり、王を圧迫していきます。また、6-5の歩を銀にぶつければ、銀は歩だけに銀を取られたくないので、歩を取りに行き、空いた6-3の場所に、また歩を置けば、金も歩を取るために、下へと向かいます。その後、藤井聡太七段の飛車を取りに行く、7-2へ銀を置いてしまえば、その飛車は逃げるか、その場にいるしかできなくなります。   ですから、ほぼ互角で、どちらかと言えば、石田直裕五段がやや優位かもしれません。石田直裕五段の陣形の守りは弱そうにも思えますが、意外と守りに向いている陣形で、なかなか崩されないとも言われていました。圭が上にあがれば、圭と金の壁が作り上げられ、その中に王を入れてしまえば、セーフティポイントになるということです。 6-3の歩を金で藤井聡太七段が取り、その後、石田直裕五段が7-2に銀を置いて、藤井聡太七段の8-1に置いていた飛車を取りに行くのですが、その飛車を藤井聡太七段が、8-6の歩を取り、石田直裕五段は、取られた歩の下に、8-7において、飛車は、また横の歩を取り、7-8に置いておいた金で、藤井聡太七段の飛車を取り、藤井聡太七段は、8-5に圭を置きました。 藤井聡太七段は、あと1手あれば、詰め手の道になっています。藤井聡太七段が持っている駒が、多いからです。石田直裕五段も飛車を取っているので、あと1手だけあれば、藤井聡太七段に王手に持っていけます。 たった1手の差だけの接戦です。   そして、石田直裕五段は、金を7-6の置かれた圭に近づけ、自軍の王から離した手を繰り出しました。 ここで、藤井聡太七段が持ち駒をつかって、石田直裕五段を詰めるのか、詰められないのかです。もし、詰められなければ、石田直裕五段の飛車を使った攻めで勝ちです。 王が逃げ切れるか石田直裕五段。解説者もふたりで、何十通りものここからの詰めを考えて、繰り返すのですが、石田直裕五段も、藤井聡太七段も、それを頭の中でやらなければいけません。 残り時間は、石田直裕五段が10分を切り、藤井聡太七段は1時間程度です。 今回は、歴史に残る名手場と解説者もいうほどの一戦です。 解説者からいうと、藤井聡太七段の4-8の成金の「と」が5-8へと左にうごくと、詰め路ということですが、それを導けるか、それとも、他の詰め路があるのかです。 そこで、藤井聡太七段が残り30分のところで打った手は 7-8に歩で王手をかけました。これはどういう意味になるのでしょうか。 この歩を王で取れば、7-7に置けた圭も王で取ることができなくなります。そして、石田直裕五段は、2分ほどで王で歩を取りました。 すると、藤井聡太七段は、さらに7-7にまた、歩を打ちました。 そして、石田直裕五段は、王を8-8へと逃げました。 そして、7-8に銀を藤井聡太七段が、置きました。 ここで、石田直裕五段は、5-6の角を動かすのか、7-6の金で、上の圭を取るのかです。 ここで、石田直裕五段の時間は、残り2分になり、その後は、1分将棋になり、秒読みが開始されます。 石田直裕五段は、角を動かし、銀を取りました。 藤井聡太七段は、歩で角を取り、その成金になった歩を王で取りに行きます。   そして、藤井聡太七段は、8-6圭をさらに圭を増やしてきました。   そして、金で、その圭を石田直裕五段は、とりました。 そして、銀を7-7に置き、石田直裕五段は、圭で、銀を取りに行きました。 残っていた圭を飛ばし成金になり、また、その成金を王で取りました。 そして、角を6-6に打ち込み、王手で、その後金を7-7に置いて、石田直裕五段が、投了しました。 96手の熱戦で、藤井聡太七段が5組の優勝を果たしました。 本戦へと進むことになったのは、藤井聡太七段です。途中までは、自信がなく、石田直裕五段に負けていると思っていたが、なんとか勝てたという言葉でした。 石田直裕五段は、終始押されていて難しく、藤井聡太七段は、ミスが少ないと感じたという感想を聞かせてくれました。 とてもいい戦いでした。石田直裕五段、おしかったですね。 最後まで、石田直裕五段が勝つと思ったほどの熱戦でした。